2017年6月、当時の明石市長が市役所職員に対して発した暴言が大きな波紋を呼んだ。舞台となったのは市長室。明石駅南東の道路拡幅工事に伴う立ち退き交渉が難航していたさなか、市長は担当職員に向かって「火つけて捕まってこい」と発言したのである。この発言は職員によって録音され、報道を通じて世に知られることになった。過激な表現は市政の信頼を揺るがし、市民や議会を巻き込む大きな問題へと発展した。
市長本人も発言の事実を否定せず、会見で「非常に激高した状況で口走ってしまった」と釈明。「パワハラより酷い行為」と自ら認め、「許されない発言で深く反省している」と謝罪した。結果として、責任を取る形で辞職を表明。市長自らの進退に踏み込むほどの事態に発展した点で、地方自治体のトップとしての言動がいかに重い責任を伴うかを浮き彫りにした。
ただし、ここで一部報道に誤解が生じた。「市がパワハラと正式に断定した」との印象を持たれがちだが、神戸新聞はこれをミスリードだと指摘している。実際には市が第三者委員会を設置したり、内部調査を経て公式に「パワハラ認定」したわけではなかった。あくまでも市長本人が自らの言動を認め、責任を取る形で辞職したという経緯であり、形式的な断定は行われていない。つまり、公的機関による調査を経た結論ではなく、自らの判断での謝罪と辞任であった点は押さえるべき事実である。
この発言問題は、市政全体に複雑な影響を及ぼした。市議会でも強く問題視され、市長が「次の選挙で落としてやる」といった別の強い言葉を吐いたことも報じられた。こうした言動は、市長と職員や議会の間に緊張を生み、副市長2名が異例の退任を選ぶ事態にもつながったとされている。強いリーダーシップの裏側で、対立や不信を招く局面もあったことは否めない。
一方で、市民の評価は一枚岩ではなかった。暴言は広く批判され、市長自身も辞任という形で責任を取ったが、その後の出直し選挙で再び当選を果たし、市民の支持を取り戻した。つまり、市民の多くは「言動には問題があるが、政策や実績は評価に値する」と判断したのである。市長在任中、子育て施策の無償化や福祉重視の政策が成果を挙げていたことが再選の要因となった。市民にとっては「言葉の過ち」と「政策の実績」を天秤にかけたうえでの複雑な選択であった。
総じて、この出来事は地方自治におけるリーダーシップの難しさを示す重要な事例といえる。市長は「情熱的で妥協を許さない姿勢」で評価される一方、その強い感情表現が職員にとって圧力となり、市政の信頼を揺るがすリスクをも孕んでいた。暴言は組織内での人間関係や議会との関係を悪化させ、行政運営に不安をもたらしたが、市民は最終的に政策実績を優先し、再び信任を与えた。この二面性こそが、強いリーダーを選ぶときに有権者が直面する現実である。
明石市長の「火をつけて捕まってこい」発言は、単なる暴言問題にとどまらない。政治リーダーの感情的な言動が市政に与える影響、辞任と再選という民意の揺れ、市民が何を重視するかという選挙の本質的な判断――これらを改めて考えさせる事件であったといえる。