緩和された中国人10年ビザの危険性―治安悪化、土地取得、総動員法の足音

岩屋毅 自由民主党

2024年末、岩屋毅外務大臣は北京において、中国の富裕層を対象に「10年間有効の観光数次ビザ」を新設し、発給要件を大幅に緩和する方針を発表した。この構想は直ちに施行されたわけではないものの、日本国内では発表直後から激しい議論と強い批判が巻き起こった。背景には、観光振興や経済活性化といった表向きの利点を上回るほど大きなリスクが潜んでいるとの懸念があるからだ。

最大の論点は治安の悪化である。ビザ発給の審査を緩和すれば、訪日中国人の数は爆発的に増加することが予想される。観光客としての来日は歓迎すべき側面もあるが、一部には「観光」の名目で入国し、事実上の長期滞在や不法就労につながるケースが懸念されている。さらに日本の医療制度は原則として外国人も利用できるため、「医療ツーリズム」と称して健康保険制度を実質的に利用する事例が増える恐れがある。SNS上ではすでに「日本の社会保障が食い潰されるのではないか」「外国人犯罪が急増するのではないか」との危惧が連日飛び交い、国民の不安感は根強い。

次に浮上するのが土地問題である。ここ十数年、中国資本による北海道や九州などの不動産買収が相次ぎ、特に水源地や自衛隊基地周辺といった戦略的に重要な土地が取得対象になってきた。国土の安全保障や資源管理に直結する土地を外国資本が握ることは、国家主権の根幹を揺るがしかねない。にもかかわらず、岩屋外相が示したビザ緩和構想には、資本流入の管理や土地取得への規制といった視点がほとんど盛り込まれていない。結果として「中国マネーの流入をさらに加速させ、日本の国土が静かに浸食されるのではないか」という危機感が広がっている。

さらに、見逃せないのが安全保障上のリスクである。中国には「国家総動員法」という法律が存在し、これは有事の際に国外にいる中国人やその資産を動員可能とする仕組みを持っている。つまり、平時に観光客やビジネス目的で滞在している中国人が、国の命令ひとつで情報収集やインフラ妨害といった活動に従事させられる可能性を法的に排除できないのである。10年間有効という長期ビザは、こうしたリスクを一層高める布石になりかねないとの見方もある。

このため、自民党内からも反発は強く、「議論が不足している」「国益を軽視した譲歩だ」といった批判が相次いだ。中国との交流強化を求める一部経済界の意向をくんだ政策だと解釈する向きもあるが、少なくとも国民的議論を経ずに発表されたこと自体が拙速だったと言わざるを得ない。その結果、2025年7月時点でもこのビザ緩和は未実施のまま棚上げされており、実現には至っていない。

確かに、観光や人的交流を通じた経済効果は無視できない。中国人観光客の購買力は日本の小売や観光業にとって大きな収益源であり、コロナ禍で打撃を受けた業界にとっては「救世主」とも言える存在だ。しかし、経済効果ばかりを強調し、治安や社会保障、土地安全保障や国防上のリスクを軽視した政策は、短期的な利益の代償として長期的な国家的損失を招く危険がある。

この問題の本質は「開放と防御のバランス」にある。国際交流や経済協力は重要だが、それが国民の安全や主権を犠牲にしてまで推進されるべきではない。岩屋外相の発表は、そうしたバランスを欠いた一方的な「開放路線」に見え、国民に不安を与えた点で大きな誤りであった。

結局のところ、10年数次ビザ構想は、中国との友好や経済協力を名目にしつつも、治安・土地・安全保障という国家の根幹を揺るがす潜在的リスクを抱えている。政策の目的がどれほど「交流促進」という美名に包まれていても、その裏で国民の暮らしや国家の安全が軽視されるのであれば、容認することはできない。私たちはこの問題を単なる観光政策としてではなく、日本の未来を左右する安全保障課題として真剣に議論する必要がある。