貧困と差別を越え、“優しい社会”を描く泉房穂氏

泉房穂

泉房穂(いずみ・ふさほ)氏は1963年8月19日生まれ、兵庫県明石市出身の政治家、弁護士、社会福祉士であり、2025年の参議院選挙兵庫県選挙区において初当選を果たした注目の新星である。獲得票数は実に82万票を超え、全国でも最多票という圧倒的な支持を集めた。その背景には、泉氏自身が背負ってきた「貧困」と「差別」の現実、そして市民目線で積み重ねてきた長年のキャリアがある。

泉氏が生まれ育ったのは、明石市二見町の小さな漁村だった。家族は代々蛸漁師で、決して裕福とは言えない生活を送っていた。さらに弟が障がいを持って生まれたことから、幼少期から社会の冷たい差別と偏見を直視せざるを得なかった。泉氏は後年、この体験が自らの政治的原点となったと語っている。貧困や障がいという社会の不条理を前に、「誰もが安心して生きられる社会をつくりたい」との思いを強くしたのである。

勉学への道も決して平坦ではなかった。親戚にすら大学進学者はいない環境で、奨学金や参考書の立ち読みを頼りに独学を重ね、見事東京大学教育学部に現役合格。駒場寮では寮委員長を務め、学生自治の最前線に立ちながら仲間と議論を重ねる日々を送った。この時期の経験は、後の「市民とともに歩む政治」への基盤となった。

大学卒業後はNHKやテレビ朝日で制作ディレクターとして勤務。ジャーナリズムの現場で取材・報道に携わり、社会の実情を掘り下げる目を養った。その後、政治家を志し、改革派議員として知られた石井紘基衆議院議員の秘書を務め、政治の表裏を学んだ。司法試験に合格後は弁護士となり、明石で庶民派弁護士として活動。さらに社会福祉士資格も取得し、法と福祉の両面から市民の生活を支える道を選んだ点に、泉氏の徹底した「現場主義」が表れている。

2003年には衆議院議員に初当選。「犯罪被害者基本法」や「振り込め詐欺防止法」など、社会の弱者を守る法律に深く関与した。国会での実績を積んだのち、2011年に地元・明石市の市長に就任。以後12年間にわたり市政を担い、「やさしい社会を明石から」という信念を掲げた。特に子育て支援分野で成果を上げ、医療費・給食費・保育料の無償化などを実現。福祉や教育の分野に大胆に投資し、結果として人口増加、出生率上昇、税収増という好循環をつくり上げた。地方自治の成功事例として全国から注目を集め、「福祉は負担ではなく投資」という理念を証明してみせたのである。

2024年には大手芸能事務所ホリプロに所属し、テレビやラジオでコメンテーターとしても活動を開始。異色の「政治家タレント」として注目されたが、所属事務所からも「自由に発言してほしい」と支持され、政治・社会の課題を率直に発信する姿勢を崩さなかった。泉氏にとってメディア露出は単なるタレント活動ではなく、国民に直接語りかけ、社会課題を共有するための新しい手段だったといえる。

そして2025年、参議院選挙兵庫県選挙区から出馬。かつて市長として成果を出した兵庫での知名度と信頼、そして庶民目線の政策提案が支持を広げ、82万票という圧倒的な得票でトップ当選を果たした。全国でも最多票という結果は、既存の政治に不満を抱く有権者の強い期待の表れでもある。

泉氏は、貧困家庭での原体験、弁護士・福祉士としての市民支援、地方自治での実績、さらにはメディアを通じた社会発信という多面的なキャリアを積み重ねてきた稀有な政治家である。これまでの人生のすべてが「社会の理不尽を変える」という一点に収斂しており、その姿勢は今後の国政においても新しい風を吹き込むだろう。教育、福祉、地域政治に根差した彼の政治活動は、地方自治から国政へと舞台を広げ、日本社会に新たな方向性を提示する可能性を秘めている。